帰宅部活動記録について

宗教上の理由により、放送前から『ローゼンメイデン』が今期最高、また対抗馬、次点として
帰宅部活動記録』が来ると言いふらしていましたが、いつの間にか『帰宅部』が圧倒的に、
現時点において今年最高のTVアニメとなっていました。(『ローゼン』も勿論良いけど……)

今をときめく中学生アイドル・乙女新党が高らかに歌う中毒ソングOPは傑作『GJ部』の再来を匂わせるも、
蓋を開けてみれば主要キャラの声優全員が現役女子高生(「たった一度の本番を棒に振るラジオ」素晴らしい)、
ギャグの合間に生じる奇妙に居心地の悪い独特の間、何よりどう見ても納期ギリギリで何度も放送の遅れが生じている作画など、
何かと凄まじい作品という第一印象を残しましたが、それら全てをカバーする卓越した脚本、大胆かつメタ的な構図の数々、
ざらしのかわいさ、安藤夏希のかわいさが大いに光っているのだと確信しました。

昨日は例によって帰宅部のいない木曜日となりましたが、残すところもあと三話、たった三話であることを踏まえ、
ここで色々と振り返っていきたいと思います。
個人的には6話が全体を通して最も面白いと感じたので、主にその話を。

6話は「記録の十八・青春は爆発だ/記録の十九・ギルティ・ジャッジ/記録の二十・萩調流四天王」の三本立ですが、
それぞれの話をまとめると…

「青春は爆発だ」では皆で四人用のゲームをしようと持ちかけた道明寺桜が逆にハブられ、キレた桜が缶蹴りをしようと提案、
しかし大萩牡丹の身体能力のチートっぷりにゲームが成立しない。そこで桜はあらゆる手段で徹底的に牡丹を
拘束し、ゲームを続けようとするも、尽く突破されるため、最後にはミサイルを使って牡丹を宇宙へと飛ばしてしまう。

「ギルティ・ジャッジ」では前記においてハブられたことの逆恨みから、桜が映像を用いて「ギルティ・ジャッジ」という某ホラー映画風の
ゲームを開始するが、その中身は椅子取りゲームで、桜以外の部員の四人は渋々付き合うも、ゲームが終わると四人とも出ていき、
部室には桜だけが取り残される。桜は泣きながら部室から出るが、部室の外で待っていた部員たちに一緒にレストランに行こうと言われ、
元気になる。

「萩調流四天王」では大萩牡丹が属する萩月流の四天王と、帰宅部の部員たちがレストランで鉢合わせする。
この話の大半は四天王の会話によって成り立っている。

しかし、この話の時系列はやや独特です。

 アバン(2.缶蹴り始め)
 ↓OP
 記録の十八・青春は爆発だ(1.ゲームでハブられる→3.缶蹴りの続き)
 ↓
 記録の十九・ギルティ・ジャッジ(4.ギルティ・ジャッジ)
 ↓アイキャッチ
 記録の二十・萩調流四天王(5.四天王)

中盤以降は時系列通りですが、アバンからAパートにかけては若干前後しています。
これはもちろん、アバンの初見では意味不明な流れを印象づけるためにあります。



これらのシーンの意味は、OP明けで徐々に分かっていきます。夏希が気持ち悪そうにしているのはコーヒー飲みまくってるからですね。
基本的に、特にギャグアニメでは時間が進めば進むほど、情報量とその複雑性が高くなります。(エントロピー的な)
それをこのアニメでは最初に、1シーンごとに特徴的な箇所を連続して見せることで、OPが明けてからその状態に至るまでの過程を
楽しませるという意図が見えてきます。しかしそれだけでは弱くて、最後に何が待ち構えているのかというと、

この構図。このシーンでは夏希が気持ち悪そうにする声と、「ゲーム再開だ!」という台詞しかありませんが、初見で感じ取っていた意味不明さと
対照的に、ここでは記録の十八において繰り広げられた特徴的な行動が全て組み合わさっているため、受ける印象も当然異なります。
また、『帰宅部』の特色として、キャラの性格を非常に大事にする作風が目立ちます。2話のホトトギスのやり取りなど、ひとつの題材から
枝葉のようにキャラ設定を伸ばし込んでゆく手法など。このカットでも、クレアが後ろ手に持っているリモコン、
ミサイルの発射台に書かれた「KOKONOE」の文字がそれを示しています。
この回だけでなく、情報量が増し過ぎた末にその全体像を止め絵で映し出すということはよくやってます。


2話「女子力オーバードライブ」


6話「萩調流四天王」

これがそのまま本編のオチになるということもありますが、その構図の細部を視聴者に確認させるための間が存在し、
その間がエピソードを終わらせるための情報増加の句切れ目であり、印象深い見事な締め括りとしての役割を果たしています。
色々と細々とした小物が散乱する部室の全体を写すカットとなれば、受ける感覚は圧倒さを増していきます。
そもそも「納期に間に合う」やら「テコ入れ」やらメタフィクションネタまみれのこのアニメで、
ギャグのノリ自体は『銀魂』から暴力を少し奪ったものに近いんじゃないかという感じがするのですが、
こうしたカットもその全体を見渡すというメタ的な行為を助長させることに繋がっています。

そのまま物語は次の「ギルティ・ジャッジ」に飛びますが、ここで一つ面白いことが起こってます。
それは前置きなしに、1日を跨いでいるということ。それにまつわる描写は一切省かれ、桜の台詞も「昨日」という言葉は使わず、
「お前たちは、記録の十八「青春は爆発だ」で、あろうことか部長を差し置いて、四人だけでゲームをして楽しんだな!」
と表現しています。これでなんだか時間軸が分かりづらくなる。もちろん、缶蹴りの後で部室に帰ったという可能性は考えられない
(この回では雨降ってるし)ため、一日を跨いだということは後になって分かるのですが、でもそこまで頭を働かせるような要求をしている
ようでもないため、不自然さを感じながらも見過ごしたままになるのですが、それに気づくと、その日の夜に桜が自宅であの映像を撮ったんだろうな……
という感慨深い発見もできてしまうわけです。

ただ、そうして分かりづらくした意味は他にもあり、ギルティ・ジャッジが終わった後は四天王のくだりに入るため、その日の出来事がその回のうちに
全て描写されます。しかし先述の理由から、視聴者はこれがよもや一日間の出来事であると錯覚してしまう。するとこの三本立の与える時間的な印象が、
非常に短いものとして感じられるようになります。何度見てもこの回は体感的な時間があまりにも速すぎる。

そして「萩調流四天王」では。

途中にこのあざらしのカットが挟まって、二回に渡って(少し省略されながらも)萩調流の紹介が繰り返されるのですが、
これが冗長な印象を与えない。けれど立派な時間稼ぎにはなっている。冗長さの原因となる萩調流に関する説明が
「以下略」で済まされたことも大きいですが、この場合は演出上、あざらしの果たす役割が大いに貢献しているということでしょう。
ざらしの役割としては他に滑りそうになったギャグを強引に締め括る際の登場もありますね。(5話とかはそれが多すぎてちょっと辛かったけど)
その後に上記のカットを入れて、間ができた後、しっとりとしたEDへ入る。この流れは白眉であり、見ていて非常に心地よくなっています。


さて、今後の『帰宅部』について考えられるのは、最終話か、あるいは直前で、かなり強行的に感動させる描写が出てくるであろうという点。
そもそも5話の「うろおぼえ御伽草子」、6話の「ギルティ・ジャッジ」、7話の「サプライズ・パーティー」(この回って全部がしりとりになってるんですね、
そこにも感動しましたが)など、微妙にお涙頂戴に走る展開が多々ありますが、例えば『キルミーベイベー』の最終話で突然出てくる謎の感動的な演出に近い、
そんな描写だと思います。それに準ずるものがこれまでに出てきているということは、最終話かその付近で、何かとんでもないことが起こる予感がします。

というのも、

先日発売されたこのサントラに収録されている「ベスト・フレンズ」が、何だかやるせない雰囲気の曲で、なおかつTVサイズも収録されていて、
最終話あたりで流れる可能性が非常に高いからです。

帰宅部』は、学園生活上に欠かせない「帰る」という終わりを意味する行為を、あの手この手でその猶予を引き伸ばし享楽するのがテーマであると
認識していますが、TVアニメにおいても欠かせない「最終話」が近づいた時、すでに放送延期でその猶予を引き伸ばしているものの、
このアニメがどのような展開に運ばれるのか、怖いやら楽しみやらでもあるのです。